一里塚 豆の花から 見え隠れ 

此処・三里塚での暮らしはお陰様で13年目になり、今では私の大切なまほろば!!                                            穏やかな日差しに誘われてcar散歩。行く先は又も多古方面。又も~というのは一週間前にもあっちこっち探すも分からず、空振りだった事。
                                             三里塚という地名の塚の由来は・・・。一里、二里、三里、四里、五里・・・何処から~何処まであるのかなと。                                      

諸説あるけれど、起点を多古町の古刹・正東山日本寺(にちほんじ)とすれば。
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日蓮宗の本山寺院で日本中から学僧が集まる中村檀林が開かれ、関東三大檀林の一つとして栄えた処。270年余にわたり、延べ10万人もの僧侶達が巣立って行ったという(多古発見マガジンより)

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あじさい寺としても見事ですよね。3年前にこの本堂内で「平家物語の語り」があり見物出来ました。今回ここの奥様とお話出来、口跡がとっても良く、ご出身を伺ったら「三重県の松坂です」って!                             道理で何とも云えない美しい抑揚でした。                     タイミングよくご住職様からは御朱印を戴けましたよ!

江戸時代、多古は交通の中心地で、多古からは四方に道が延び、総称して「多古街道」と呼ばれていたそうな。その一つ、参勤交代などに用いられていた「江戸街道」には日本寺を起点に里程標となる塚が築かれたと。一里塚(多古町染井)、二里塚(芝山町白枡)、三里塚(成田市三里塚)、法華塚(同遠山)、五里塚(同寺台)と続くものです(マガジンより) 

さて、再びの多古町にある~という「一里塚」探し。
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染井交差点辺りの狭い坂道を下がったり、上ったり迷子になりながら。そこで女神に助けられました!!運良くこのおばぁちゃんが畑で一休み。「ぁ~、知っているよ。私も近くまで行くから乗っけて」と。急な坂道を染井交差点まで戻り、多古の道の駅方面へ左折、すぐのコンビニで駐車。スタスタ前を行くおばぁちゃんの後から田んぼの方へ行くと・・・あった、あったよ、ありましたよ038.gifNさんとおっしゃるおばあちゃん、ブログアップの了解を得て、
はい、パチリ。後ろのビニールハウスも田んぼも広く所有しておいでとか。
a0166324_13423949.jpg何とも素朴な祠! この鳥居も昨年建てたとか。おばぁちゃんは手を振りながら後ろのビニールハウスへ。本当に親切!道案内ありがとうございました。                               
a0166324_13524548.jpgさて次は二里塚 ですが、先日訪ねた芝山町役場では詳細がつかめず、教育委員会館なる建物を紹介され尋ねても分からず。 悪いと思ったのでしょうか、こんな絵本を下さいました。頼りない私の情報では芝山町白枡(しらます)にあったとか。

a0166324_13552066.jpg県指定無形民俗文化財=おいとこ節=今ではこの民謡は全国に根付き、郷土芸能になっているという。         
a0166324_1494262.jpg成田への帰りなので大里交差点から左折、少し走って行くと小さな〒郵便局が。ここなら分かるかも~と。やっぱりダメ!2人の女性局員は配達しないから分からないと。そこへ戻った男性局員も首かしげ021.gif 全く.....関心ないのがありあり。そこで適当に横道に入ると正しく此処が「白枡地区」でした!!白枡公民館で車を停め、誰かいないかなぁ~と。するとラッキ-! 農家のおじさんが家から出てきました。ここぞと二里塚のことを聞きましたら、残念ながら~~008.gifでした。         
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でもね、ここでもご親切に軽トラを出して下さり、「後ろから来て下さいよ」って。白枡粉屋おどり保存会のメンバーだそうで、この先近くのマキの塀 まで♪♪ご案内~♪して下さいました。有り難きかな。       
a0166324_14285656.jpg高いマキの塀は、歌になった実在の娘さん「久子さん」の家。「木内家」は教養豊かな文化人でもあり、穀物問屋としても凄い家だったらしい。この街道を往き来う僧侶が娘さんを慕ったことが歌や踊りになったとか。茶店のアイドル・娘さんは若くして亡くなったそうです・・・。正調白枡粉屋踊りは今尚、途絶えることなく伝えられているそうな。016.gif             
「おいとこ節」の「おいとこ」とは佐渡地方の言葉だそうで・・・と言うことは佐渡辺りから来ていた若きお坊さんが作詞、作曲したのかな?!
それにしても塀の中には今でも井戸はあるけれど、倉庫になって誰も居ないとのこと。おじさん、本当にありがとう!!

060.gif民謡:白枡粉屋
おいとこそうだよ 香取、印旛、武射の郡で   エンヤーホイ
音に聞えし 白枡村にて 木内の本家は       〃
粉屋で御座る 「一代 二代の、粉屋ぢゃ御座らぬ」 〃
先祖の代から十代伝わる、粉屋の仁ヱ門       〃
そとや内には一人の娘が むこ取り娘で       〃
年は十六 おさよ と言うてな、きりょうの良いこと 〃
卵に目鼻をつけたる様だよ、成程良い娘だ      〃
あの娘と添うなら 三度に一度は、人の目忍んで   〃
~~~~~ず~~と続きます。

あれあれ横道それちゃった。でも民謡・白枡=おいとこ節、この地区が発祥なんて。それで満足!!お疲れ様004.gif

次回は、いよいよ地元・三里塚で~す。
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Commented by 麦水 at 2015-04-24 16:53 x
イヤー!やりましたね、?一里塚見つけましたか?後でゆっくり話しを聴かせて下さい?
あの、白枡区長は私の知り合いですよ!あとで詳しい資料もらってみます。木内家は川尻スタンドの奥さんの、実家の大本家だと認識しています。それにしてももう、考古学者並みですね!!恐れ入りました!
Commented by choropikotantan at 2015-04-25 10:14
そうでしたか!スタンドの奥様のねぇ・・・。
正調白枡おどり、あの公民館で稽古しているとか。
是非お囃子と踊りを見たい聴きたいものです!!
運良く出会った2人に感謝です。
麦水さんからの情報は過去から現在の進行形!
古女はおつむを柔らかくモミモミしながら受け入れ態勢OK目指しておりま~す(^^)どうぞよろしくね。

Commented by エリオ at 2015-04-27 20:02 x
へぇ~~~~~そうだったのか?
子供の頃に親父から聞きかじった記憶で三里の塚は知ってましたが どこから三里とは忘れちゃいました。
地元なのにお恥ずかしい
チョロピコさんは三里塚に来て13年!
オイラは離れて38年!地元に居た期間より倍も他所の土地を
転々(笑)
次回 三里塚編楽しみにしてます!
Commented by choropikotantan at 2015-04-29 14:00
エリオさん、お礼のコメント遅くなってごめんなさいね。
そうなんですよね、何処でもそうよ!地元の人って、あまりにも伝承伝説の跡って、普通にあるものだから意外と知らなかったり、関心なかったり。私も佐原の遺跡って案外知らないかも・・・。
by choropikotantan | 2015-04-24 15:21 | Car散歩 | Comments(4)

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